女将の反省
この頃、本当にサービス業は難しい仕事だと痛感します。こちらも人間ですから、体調が悪い時や心境がとても辛い時、様々なお客様のご要望やクレームなどで心が擦り切れている時もあります。
若い時は、それでもまだ体力的に元気だったので、いくらか今よりも頑張れたような気がします。本当にゆっくりする休日が一年中ほとんどないこともありますが、それは日本の宿屋の経営者なら、たぶん殆どの人が同じではないかと思います。文句を言ってはいられません。先日のゴールデンウィークも、お蔭様で忙しい毎日でした。5月4日あともう少しでこの連休も終りというとき、この事件は発生しました。
そのお客様のお部屋に伺ったのは午後7時半ころでした。部屋の襖を開けた時から、何となく不穏な空気が感じられました。「お寛ぎいただけていますか?」と伺ったところ、お客様は「お隣のお部屋にはお子さんがいますよね。私たちが住んでいる家も隣が子供のうるさいうちで、いつもうんざりしているんです。ここまで来てまた同じ思いをしなければいけないのでしょうか。ここの宿屋は小さい子供連れが多い宿だとは知っていました。でもまさかこんなに音が聞こえるとは思わなかったのです」とおっしゃいました。
もう7時半でしたし、全てのお客様がご到着されています。早くわかっていればまだ何とかできたかもしれない。隣のお部屋のお子様は、まだ1歳半から2歳くらいの一番言い聞かせが難しい年齢でした。
「今日は、満室なんですよ。もう少し早ければお部屋移動も出来ましたが、今からではご無理です。」と申し上げました。するとお客様は、「私たちだけが我慢しなければいけないのですか?」と2度も同じことを繰り返されました。今は静かになったからいいが、もし夜にでもまたうるさくされたらたまらないとお客様はおっしゃいます。私たちも良く都内のホテルを利用しますが、隣の部屋の子供がうるさかったり、上の部屋の子供の足音が耳障りだったりしたことがありました。部屋のドアをばたんと開けては閉めて、廊下をかけまわり、はしゃぎつづけたお子さんがいたこともありました。私たちも堪えられず、やさしくそのお子さんに「静かにしてね」といいました。でも親御さんも注意することもなく、ずっとその状態が何十分も続きました。それでもそのホテルの責任ではないので、ホテルには文句を言わずに帰ってきました。
高速バスで白浜から帰る時も、バスの中で大騒ぎをしている1歳半くらいの男の子がいたことがありました。座席に座っていることができずに、席から席に移っては、カーテンをいじったり奇声を発したりしていました。
バスの中で他の方たちはみんな静かに眠っていましたので、正直に言ってかなり迷惑でした。本来、指定席の高速バスに1歳半のお子さんを乗せるのは、かなり無理があることだと思いました。しかし内心迷惑でも、ひたすらみんな我慢をしました。文句をいってもどうにもならないお子さんの年代だったからでしょう。
昔は旅行にも、小さい子供さんは連れていかないのが普通でした。しかし、半年も一年も何所へも行けないと、お母さんもストレスがたまります。出かけられればやはり大変ですが、少しは気分も変わります。
そうしたお子様連れを支援しようと最近はじめたお子様連れへのおもてなし。それもお子様連れがうるさいと感じるお客様にとっては、迷惑以外のなにものでもないのです。その気持ちも分らなくもありません。
小さいお子様連れ専用の宿になるにはまだ無理がありますし、他のお客様にもやはりお越しいただきたい。そのお客様は、隣のお客様に注意して欲しい、そうすれば少しは違うのではとおっしゃっていました。
私は、言い聞かせができる年代ではないので、無理ではないかと答えました。せっかく選んで頂いて、ご満足させてあげられないのは申し訳ないと申し上げました。でもこのゴールデンウィークのさなかに子供連れに会いたくないなら、子供連れが絶対こないような高級宿に行くとか、ものすごく防音がしっかりしたホテルを選んだ方が正解なのではないかと考えたのでした。当然のように、そのお客様は相当な文句を書いてお帰りになりました。しかし、珍しくお客様側の気持ちになって差し上げられなかった私は、その後、ストレスの塊になり、体調を崩してしまいました。その内容にではなく、自分がどうしてそうした行動しかとれなかったのかが、ストレスになったのです。
確かに人間はみんな赤ちゃんで生まれてくる。泣いたり騒いだりする。自分もそうしたときを必ず通ってきている。お年寄りを嫌う人もいますが、いつか皆年をとって行く。そのお年寄りにもいけないところもあるでしょうが、自分も年をとらなければ、きっとお年寄りの気持ちはわからないだろうと、何時も思います。
でも、良く掘り下げて考えてみると、お客様の訴えは、私に話を聞いてもらい、そのお客様の気持ちの背景に理解を示し、大きくうなずいて差し上げれば、満足はしなくても、不快の程度が少しは小さくなったのではないかと思うのです。
どれくらいの時間その声が聞こえつづけたのか、どの程度の声や音だったのか、そのお客様がとてもお疲れで、日常から離れたかった気持ちを十分に聞いて差し上げただろうか。いづれも、その時の私はノーだったように思います。レストランでも、追加のオーダーをしたい時やお水を頂きたい時、ウェイトレスがなかなか気がついてくれなくて、いらいらすることがあります。お客様は気づいてくれないこと、見ていてくれないことが、一番嫌なのではないか。
同意が出来ない内容であっても、その時のお客様の話を良く聞いて差し上げる事、気の済むまで聞いてさしあげて、少しでもすっきりしていただく事が一番大切だったのではないかと、気づいたのです。
お客様の言い分に形だけの気のないお詫びをする。それは簡単ではあります。クレームを単純に処理するのですから。本来は、お客様の気持ちの背景に理解を示し、お客様のお気持ちが鎮まるようにお話しを伺い、しかるべき対応をする。それが、本来のクレームに対する一番良い姿勢でしょう。
出来る事と出来ない事を区別してはっきりお断りする。それも大切なことだとは思います。しかし、今回はお客様の気持ちを聞いて差し上げなかった。すぐに拒否反応がでてしまった。そうした意味で大変申し訳ない事をしてしまったと思います。
接客の仕事はいつも様々なことを考えさせられる、大変難しくしかも有意義な仕事。大変でもやはり辞められない、とても自分のためになる仕事です。これからも大いに勉強していきたいと思います。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
◆素顔の女将◆
普段、私が使うコンピューターを家内が使うと、自分のボールペンをコンピューターの周りに置き忘れている事が多い。その事を指摘すると、家内は「あなたに気があるからよ」とのろけたつもりでいるが、至る所に置き忘れている事を私は知っている。(by aruji)

ご予約・プラン紹介はこちら