言葉の暴力
怒りが沸きあがってきた時に抑えることができる人と、少しは出来る人、そして全く出来ない人とがいます。その時の場面場面にもよりますが、その怒りをぶつけるという行為は、相手に与える衝撃がとても大きいということを、今回お客様からお怒りをぶつけられた私は、思い知らされました。先日、離れがお約束になっているプランのお客さまが、「部屋を取り替えろ」と言ってきました。その日は十分にお部屋が空いていたので、「お取替えさせていただきます。」とお電話を入れると、「あんたは誰だ!電話なんて失礼な。直接話しに来なさい!」と大変な剣幕です。
そのお客さまが入っていらっしゃるお部屋は、三部屋ある離れの中でも一番広くて人気がある部屋です。何があったのかと思いながらお部屋へ向かいました。
お部屋の襖をあけると不穏な空気が充満し、また「あんたは誰だ!」とおっしゃられました。おかみであることを名乗り、お話を伺ってみました。しかし、そのご不満とは、部屋から海が見えない、灯台もみえない。朝日夕日が見えない。「離れで海や灯台が見える部屋へ替えなさい!」ということでした。
離れは海側ですが、平屋ですのでどの部屋からも海は余り見えません。7年位までは見えにくくても少しは見えましたが、やはり植木が伸びて今は殆ど見えなくなってしまったのです。紋屋は全室海側ではありますが、確かに海が見たい方はガッカリなさる場合もあります。
しかし反対に、海の前には道路がありますから、何も無いと外から丸見えだと別のクレームになることもあります。モダン和風の彩り亭の方は目隠しが殆どなく、部屋に1歩入った途端に外から丸見えで落着かないと部屋交換になることがときどきあります。私が嫁に来る前から出来上がってしまっている部屋の造りは、どうにもならない部分があります。そのお客様は旅行会社からのお申し込みでしたが、「見えないなら見えないとホームページに書け!」とすごい剣幕で怒鳴りつけます。一言も私が口を開く余裕も与えず、ずっと怒鳴っています。至近距離で怒鳴りつけられて、怒りの目で睨み付けられ、私は震えました。
クレームの内容に慌てていたわけでは有りませんでしたが、その怒り方の対処とそのとっかかりを作るのに苦心しました。
それで思いついたのが、怒っていらっしゃるご主人様以外の方に、話し掛けてみるということでした。ご主人様は、何か私が言いかけても直ぐに言葉を切られてしまい、お話にならないのです。
するとお嬢様がご主人様の隣に移動なさり、私と話をはじめました。お嬢様の話し方は、ごく普通にご不満を述べられていたので、私は少し心の余裕を取り戻しました。
ご主人様は、「この宿屋の一番いい部屋に、他の客がもう入ってしまっていても取り替えなさい!」とおっしゃいました。流石にお嬢様が「それは無理よ」とさえぎりました。私は、「とにかくできる範囲のことはさせていただきます。今、空いているお部屋の中で、1番お気に召されるお部屋にお通しいたします。それでもお気に召されなければ、他の宿をご紹介いたします。お風呂つきのお部屋で無い場合は、(お嬢様がお年頃なので)貸切のお風呂を二枠無料でご提供させていただきます。それで如何でしょうか」と伺ってみました。
結局、3階の眺望がすごくいいお部屋に決まりました。お嬢様と話し始めてから、ご主人様の怒りはすっかり影をなくし、先ほどまでの怒りは何だったんだろうと思いました。旅行会社の説明不足のことや旅行会社の内状、また、私はこの宿に来てまだ6年がたったところだということ、できるところからすこしづつ改善に努めていること、お客様のお気持ちは十分に理解できること、もうすでに出来上がっている建物の構造についても、少しでもお客様のご不便や不快さが軽減するように努めていること、なるべくお客様の誤解が生じないよう、なんでも正直にホームページやパンフレットに掲載していることなどなど、一度話が出来るようになってからは、私の話も聞いていただけました。
それ以降は何事もなかったように平穏に全てが過ぎていきました。しかし、私はごく至近距離で大声で怒鳴られつづけ、しかもずっと怒りのある目を真剣に見つめていましたから、やはりお客様の表情がゆるむまでの時間は相当長く感じられました。
又粗相がないように、それ以降の注意事項なども細かく指示をして、すっかり疲れ果ててしまいました。自分で自覚しているよりもずっと、衝撃は体の中を走りぬけ、後遺症が少しの間続きました。それでも今回はまだ内容的に余裕がありましたが、中にはもっと陰険なクレームもありました。内容は「部屋にアリが出た」というものです。分ったのがかなり遅い時間でしたので、お土産の用意やお飲み物の料金の差し引きなどを指示しておきました。明朝は私はいなかったのですが、旅行会社を通して電話をよこさせ、居るのに出てこなかったと勝手に決め付けてきました。私には一言も話させず、決して忘れることが出来ない、暴言を投げつけてきました。その頃は、鬱病と闘っている真っ最中でしたから、単純に傷つくなどと言う表現ではあらわし切れない衝撃を心にうけました。
私はうそはつきません。すごく正直者なのです。嘘をつくことが苦手で真っ正直な人間です。それを誤解して、勝手に決め付けられるほどつらいことはありません。しかも、その言い方や怒り方にも限度があります。お金を出したら何をしてもいい、何を言ってもいいわけではありません。まして誠意を示そうとしているのです。今の時代は、何かあると直ぐに訴えて強く出る傾向があります。こちらが低い姿勢でいすぎることも問題なのかもしれません。期待に添えないことは申し訳ないことですが、どんな人間関係でも激しい言葉を投げつける行為は、いわゆる暴力と同じです。
旅行というものに託す期待はかなり大きく、それだからこそお迎えする私達は心して一生懸命尽くさなければなりません。でも、誠意の無い所は何を言っても無駄ですし、誠意のある所はそれ程怒らなくても話は分ってもらえます。どんな衝撃も意味があって私の前に起きるのであれば、それも上手く受けいれる方法を自分自身で見つけ、気分転換をし早くいい方向へ考え直せるように仕向けていかなければとも思います。
なるべく無理をしない、なるべく気楽に過す、悪いことが起きてもそのことをうらまない。受容する。出来る範囲でいいじゃないかと思います。
そして何より、私も怒ったら爆発しないようにしよう、深呼吸しよう。怒りの背景を説明しよう。怒りの気持ちは直ぐにぶつけないで少し時を持とう。
衝撃もクッションの働きで少しは打撃を吸収できます。柔軟な考え方を身に付けるように、いつも単純にまっすぐ向いていればいいというものではありません。何事も優しい気持ちで受け入れられるようにしたいです。
今回、とっさに見つけた処理方法は、他の方に話し掛けてみることでした。怒っている人の目をじっと見ないで、時々ネクタイのあたりを見るようにするといいとも聞きます。上手に人生を歩いていけるように、まだまだ未熟ながら勉強しております。
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◆素顔の女将◆
布団の中でうとうとしていた。ふと目を開けると、家内が私の顔を覗き込んでいたのでビックリして目が覚めた。「目の前に大きな顔があったんで、霊かと思ったよ」と言うと、家内は「霊だなんて失礼ねぇ!それより、うたた寝しているあなたの顔って、ふかした肉まんみたいね」と言う。どっちが失礼なんだ!(by aruji)

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