病との闘い
紋屋に嫁に来てから、さまざまな病に見舞われ、そのたびに大変な思いをしてきました。普段からもうそのような事にならないよう注意し、仕事も大分セーブしてきたつもりでした。
今回、整形外科で臼蓋形成不全(変形性股関節症の前段階)という病名が私に下されました。聞きなれない病名。それは何?
先生は「今日来て良かったね。大学病院行きだよ。」と私に言います。もしかしたら手術かもしれないそうです。「ガーン」と何かに頭をたたかれたように、その後の先生の言葉が頭に入ってきません。
何回も病名を復唱し、凍りついた気持ちで「大学病院行き、手術かもしれない」と。心のなかでつぶやきました。これが命に関係ある病だったら、どうなってしまうのだろうと想像しました。
その後、大学病院の先生に問い合わせをして下さった担当医から連絡があり、「今は手術をしないほうが良い。人工関節を入れる手術がもっとも安全で治癒力が高いが、今の年齢では若すぎて、人工関節の耐久年数が足りない。」と言うことでした。
私は、ついこの前まで普通に歩けたのです。それが急に、階段・早歩き・駆け足厳禁、重い荷物を持つ事はダメ。なるべく安静にして、筋肉トレーニングを続けるようにと言う指示でした。
紋屋は4階建て、エレベーターはありません。お客様のところへ行く事のほかに、館内の見まわりも重要な仕事でした。
私がこの仕事を愛せる唯一の理由が、お客様との心の交流だったのに、それが出来なくなってしまいます。お客様と心をつないで心の和(輪)を作り上げることだったのに.....。
目の前は真っ暗で、いまここに横たわっている現実にどのように対処したらいいのか、まだ心の整理がつきません。
この世に起きることには必ず意味がある、と私の哲学上はそうなっています。
今回の病が私に何を教えようとしているのか、今はまだ暗闇の中で見えてきません。
少し無理をすると、次の日はかなり痛みが強く、掃除機を掛けることも、布団を干すことも何も出来ない。仕事も家事も出来ない奥さんなんていても、仕方がないのではないか.....。
主人は、「そばにいてくれるだけで良い、そばにいてくれるだけで嬉しいんだよ。」と言ってくれます。だけど私の存在価値、私自身が納得する存在価値がなければ、「私がいるだけで良い」なんて、私はたやすく思えません。
余り暗くなって、また心の病が再発したらなお一層困ります。なるべく落ち込まないようにしよう。そう思っても、無理な心の作用はどつぼにはまるだけなのです。
風に耳を傾け、抜けるような青空を仰ぎ、天の声を聞こうとしても、今はまだ聞こえてきません。
でも、きっと何かを私にさせようとして、この病気が私の元にやってきたのなら、それを受け入れていくしかない。
現実に杖を突きながらの生活は、もう始まっています。2,3日で杖を突くのが多少うまくなりました。
会社の従業員達も業者さん達も私の姿に驚き、その都度説明をするのもつらいのですが、きっとそうしていくうちに、自分自身で何かが見えてくるに違いない。
私は単純に筋力トレーニングをしながら、家でボーっと過ごすなんて出来ない。
これから先10年、今まで出来なかった仕事、もしくはなかなか時間が取れなかった仕事に重きを置き、今までとは違った何かを築いていきたい。
一番やりたかったことを単純にこのまま諦めてしまうのではなく、何らかの方法で模索してみよう。
今はそこまでしか思えませんが、何か遠くで響いている音のようなものを感じます。
どんな苦境が訪れようと、そこから生まれる何かがある。今現在の自分に出来うる何かをたずねて、私は仕事をしながらしばらくは心の旅をしようと思っています。
私に訪れた苦境は、周りの人達のやさしさを呼び、今の苦しみに負けてならないと私に教えています。
家族だけでなく、書道の教室の方々や友人。仕事で接するさまざまな人のいたわりや励まし。それに甘え過ぎずに自分に厳しく律していこう。そう思っています。
こういう体になってきてみて、はじめて分かる日常の不便。車椅子の方はどうしているでしょう?
JRの駅は、今ではかなりエレベーターやエスカレーターが設置されるようになってきています。でも良く見ると、改札を出てからが階段のみと言うことが多くあります。
地下鉄はほとんどエレベーターがありません。私がアレルギー外来で通っている上野の病院も、駅を出てからが大きな歩道橋となっています。
バスなども都内ではノンステップバスもかなり多く見られますが、田舎では見たことがありません。
こうなる前から東京へ行くと、白い杖をついた人を見かける度に心配していました。周りの人達が全然気にしていないからです。突き飛ばされたり、杖を蹴飛ばされることも多くあるのではと。
シルバーシートに座っている人もほとんどが健常者。エレベーターも同様です。
あるバスの中、高校生達がどやどやと乗ってきて、シルバーシートに座りました。奥の段差があるシートはたくさんあいていました。
その後お年寄りが乗ってきて、学生達の前に立ちました。私の友人がそのバスに乗っていたのですが、余りの事に耐え切れず、大きな声で「運転手さん、シルバーシートはお年寄りや、体が不自由な方が座るものですよね。運転手さん、それを運転手さんが教えてあげるべきですよね」と。
高校生達は、いっせいに後ろの席に移動したそうです。
今の世の中は、そう言う注意をするとナイフで刺されて殺されてしまう時代です。まだまだ日本では、基本的な弱者へのケアが遅れている。意識そのものも 非常に薄い。
人間としての温かい気持ちややさしさ。自分に関係がない人へであっても、持ちつづけてほしいですね。私自身の意識も薄かったのかもしれない。だからこんな風になったのかもしれない。

日頃の行いを振り返り、いつも自分自身を律して行きたい。

まだ暗闇の中の私ですが、どうか神様お見守りください。

いつかきっと私にきらりと光る一筋の希望が見えてくるはずだから。


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◆素顔の女将◆
病院に行った日の夜。「こんな体じゃ、私、生きていても意味が無い」と涙目で私に訴えた家内。数日たって書いたこのメルマガでは、少し心が落ち着いたみたいだが、涙をこぼしながらキーボードを打っていた。かわいそう......。
でもきっと、彼女なりの女将スタイルをいつか作り出していくんじゃないか、
そう信じてこれから支えて行くから、頑張ろうね。(by aruji)

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