らしくなること
この頃、主人は「女将らしくなった」と言ってくれます。出入りの業者さんや他の旅館さんで、そうおっしゃって下さる方もあるようです。が、実際はご年配のお客様等には、単なる「フロントのお姉さん」だと思われてしまう事も少なくありません。よくTVで拝見する女将さん達は、それぞれ皆貫禄があり、私にはにはとても近づきがたいものを感じます。もともと宿屋の娘さんだった方はともかくとして、世の多くの女将さん達は、どのようにしてあの貫禄ある姿となったのでしょうか。実際、他の旅館さんの女将さんからお話を伺うと、嫁いでから子育てをし、ぼちぼち宿の仕事を手伝いながら、様々な経験を積み重ねて、今日の姿になっている様子です。以前から女将にふさわしい前職についていたのではなく、ひとつひとつの壁にぶつかりながら、自分自身の力で道を切り開いて来られた。そうした事による自信が、あの貫禄あるお姿になるのだと言う事が判りました。それは私にとって、大いに元気付けられる事でした。
私は紋屋に入社して約半年、売店の仕事をしながら紋屋と言う宿、従業員一人一人、それに仕事の流れ等を静視してきました。昨春からフロントの中へ入り、お客様をお出迎えし各種のご案内やお声掛けをするようになりました。宴会場に伺っているうちに、だんだんその他のお客様のところへも伺いたくなってきました。お客様との接点が増えて行くにつれ、紋屋におけるお客様づくりとは何なんだろう。どうやって宿つくりをして行こうかと、主人と家に帰ってもディスカッションをする様になって行きました。フロントは宿の頭脳の部分なので、だんだん従業員との接触も増え、距離も縮まってきました。
実際に働いている人達は、社長が年一回発表している経営方針や新しい取り組み等は、毎日の忙しい業務に追われ、ワイワイガヤガヤと過ぎて行きつい忘れがちです。挨拶に行けば従業員達の行動も目に付きます。どうやったらみんなに、社長や私が考えている事を理解して実行してもらえるのだろうと考え込みました。私はどうもバシッと人を叱ったり、仕切ったりする事が苦手なのです。リーダーや女将は、そうした指揮する力が無いとやっていけないのではないかと思っていました。しかし社員を仕切ったり、うるさく注意をしたり、力で言う事を無理やり聞かせる事がリーダーとしての資格ではないと、最近セミナーに参加して知りました。従業員に感化影響を与える事が出来れば良いのです。
初めは「社長の新しい奥さん、東京から来た女性」として、興味津々でも、決して温かくなかった従業員達の視線も、今は自分達の仲間のような、宿のシンボルのような、何かしら私の存在を認めてくれているものを感じます。それはとても有難い事であり、私の仕事に対する気持ちを駆り立ててくれます。私が最終的にどんなリーダーとなるのか、どのような女将となるのか、まだはっきりしたものはありませんが、私はお客様にとって、紋屋はくつろげる気持ちの良い宿であり、また紋屋にお世話になりたいと思っていただける宿にしたいのです。そして、従業員にとって働きやすくて居心地の良い職場であるようにしたいと思います。お越しくださるお客様が、ご満足なさってお帰りになる事。それと従業員達が働き甲斐のある職場である事は、同じ土俵に立っているように思います。
もちろん経営者は、一人一人の従業員のわがままを聞き入れていたら、経営は成り立ちません。この厳しい時代に、やむを得ないリストラだっていつ行わざるを得なくなるか判りません。従業員と言うものは、会社がいかに厳しくてもその状況を把握する事よりも、自分一人の給与額や休日の取得等が一番大事であるものです。会社が成り立つ事が、行く行くは自分達の生活に跳ね返ってくる --------。そうした意識を持つ事は、従業員の立場にとっては簡単なようで、そうではない事を私は自分の経験からよく知っています。働きに見合った報酬を受け取る事、会社から自分の力を認めてもらう事が従業員にとっては一番大切なのです。それだけに従業員達の顔の表情や働きぶりにはいつも関心を持ち、職場の悩み等は少しでも軽く出来る様、自分なりの努力をしたいと思っています。私達経営者が考えている事は従業員全員に知ってもらい、少しでも意識の向上を図りたいものです。そうでなければ経営者・リーダー・従業員が、一丸となった宿つくりは計って行けないからです。
私の前職は百貨店の正社員で、あるブランドの専従スタッフとして働いていました。最初は百貨店の新人教育、そして売り場においての教育。そしてブランド側の教育。百貨店においては試験制度によって、給与が上がって行くシステムでした。しかし大きな会社でしたから、会社のトップの考えは社内誌等で知る事は出来ても、日常の自分の仕事とは何か遠く離れているようにも思いました。直属の上司は頻繁に変わる為、その人によっても働く喜びに違いはあります。私の店においては、ブランドの専従スタッフである事を必ずしも上司がきちんと評価してくれない事、悩みについても理解する余地が無い事。その2点を不満に思い、私は私のお客様との世界だけを大切にしていました。でも本来は、「私のお客様」だけでは意味が無かったのです。私が退職後は、私のお客様は店離れをおこしました。私がいなくても、その店そのものを好きにさせるような努力を私は怠っていたと思います。宿においても同じです。働く人達が自分のお客様を作るのは良い事ですが、宿は一人だけでおもてなしする訳ではありません。その事を勘違いしている人もいるので、そうした事も行く行くは教えて行かなくてはと思います。紋屋は小さな宿なので、一人一人の顔の表情も良く窺い知る事が出来ます。まず私という人間を知ってもらい、みんなの事を私も良く理解し、一丸となってお客様の為に頑張れる体制作りを、私は目指しているのです。
初めは右も左も判らなかった私も、今は経営者として従業員の事まで考えるようになったのですが、私も女将をやって行く事には、主人との間にいろいろな話し合いや葛藤がありました。主人は前の結婚の時に、仕事のパートナーとして奥さんを貰ったそうです。一時は着物を着て、お客様の前に出た事もあったそうです。でも前の奥様には、接客の仕事が合わなかったのだろうと思います。最近になって知った事ですが、「私は芸者の真似事なんかしたくない!」と言われたそうです。その時の主人の受けた衝撃は、私にはとても深いものであっただろうと想像しています。初めは、私もいつかはそう思うのではないかと主人は心配し、女将になって欲しいと言わなかったのであろうと思います。本来小さな宿においては、夫婦の協力はものすごく大切な事なのです。それが無ければ、バランスの崩れた飛行物体になりかねません。私は、主人がどうして私に女将をやってくれと言わないのかが不満でもあり、悲しくもあったのですが、主人の以前受けた心の傷を知り、初めて納得する事が出来ました。私は主人の心配をよそに、自分からお部屋への挨拶を始めました。
私は接客の仕事が心から好きであり、結果的にではあるものの、小さな会社の一経営者になれた事も嬉しく思っています。大きな会社では出来なかった勉強を、各種のセミナー参加や研修旅行で経験しています。今までは出会う筈も無かったたくさんのいろんな分野の方々と話しをする機会が出来ました。私の視野は画期的に広がったのです。10年も過ごした百貨店時代には考えられないくらい、社会の一員として活動をしている実感があります。私の成長と共に、従業員の私への態度も大きく変わりつつあります。私が卒業した学校の教育方針にも、「らしくなれ」という言葉がありました。私も少しづつ女将らしくなって行こうとしています。
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◆素顔の女将◆
「あじさいって、枯れても花が残ってるからきれいじゃないわね」と言う。続けて、「枯れたら花が落ちるシステムがいいじゃない?」と聞かれた。システムって言われても、あじさいも困るよなぁ------。 (by aruji)

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