◇ 義母とのこと ◇
紋屋に嫁いでもっとも大変だったことの筆頭は、何と言っても大女将との考えの相違でした。

年齢が違うだけで、どうしても超えられない壁があります。


大女将は頭の回転がとても早い。
江戸っ子のキップがいいタイプ。


私は、どちらかというとほんわかしたタイプなので、最初のうちは何も言い返せず、言われ放し。我慢のしどうしでした。


大女将は、本当に根っからの商売人。


前社長はほとんど外へ営業に出かけていて不在だったため、すべてを仕切ってきた人です。


何に置いても、経費削減を徹底し尽くす。


良い意味では私もずいぶんと勉強になりました。

しかし、そこは段々と年を重ねるにあたり、私から見たら、極端になりすぎているのではないかと思う部分がずいぶんとあります。



初めのころ私は、小規模の通常料金帯の宿の経営がどれほど大変だか全く分かっていませんでしたから、尚のこと、100パーセント批判的になりました。

長年積み上げてきたものを簡単に批判されたのでは、大女将も黙っていられない。当然、社長も私の味方をしてくれません。

古くなった施設の修繕や今までたまっている支払い、古くなりすぎた備品のどこから優先順位をつけてお金をかけていくか、いつもにらめっこなのです。


経理を担当している大女将(以降母)は、それはもちろん一番難しい資金繰りをしているわけで、なんでもお金がかからないに超したことはありません。

お客様の為に
従業員の為に
良いおもてなしのために

お金をかけたい私といつも衝突しました。

二人で花いけをしていたころ、母がいけた部屋は花が枯れていて、アンケートに「枯れた花を飾るくらいなら飾らないほうが良い」と何度も書かれ困りました。

母も頑固なので、
「そのときは咲いていた」とか「八百屋の花だから持ちが悪い」などと自分の非を認めないので、結局私が母がいけたあとを直しに廻り、二度手間三度手間になって疲れました。


あまり着物を持っていなかった私に、山ほど持っている母がはじめて貸してくれた着物は、全体にしみがいっぱいある着物でした。

柄があるのでじっと見なければ目立ちはしませんが、まだ仕付がかかっているような着物が一杯あるのに、しみだらけの着物なのは悲しい気持ちでした。

でも、やっと貸してくれる気持ちになったことを素直に喜び、大いに着たのです。

目が悪い母は、しみだらけである事を知らないかもしれないとも思いました。


ところが実際は、母の友人達が来るときになったら、「もっと良い着物を着なさい。この着物はしみだらけだから」と言われました。

本人にとっては、
思い出が詰まった大切な着物だったと後で知りましたが、
女同士難しいですね。



言い出したらきりがないくらい、さまざまな点で、私としては苦しい部分がありました。

「あなたは経理をやってないから気が楽なのだ」といわれてしまえば、言い返すことも出来ません。


可能な範囲でなんとかなるべくお金がかからない方法で、
今すぐからでも出来るおもてなしに心を削ってきました。


が、従業員に対しても、いろいろ私としては気の毒だと思うことがしばしばあり、毎日毎日、少しづつたまるストレスが風船のように膨らんでいき、ときどき爆発するようになっていきました。



そんなことを何度か繰り返し、お互いにかなり気を使うようになりましたが、

このごろ、それも本当の家族となるためには、
必要なことだったのかもしれないと思うようになりました。



私の実家の母と1週間しか誕生日が違わず、二人とも実母に育てられていない。

そんな運命的なものを感じて、気持ちの上では嫌だなと思っても、
同じ敷地に住むことも、自分から進んでそうすることにしました。


どんなに辛くても、私自身はもういないほうが良いなどとは、
一度も思ったことは無く、自分自身でそういう道を選んだのだと思います。


今では、闘ってきても愛情すらも感じる母と私。
お互いに認め合うところは認めて、
より良い方向へと進みたいですね。




今回息子が帰ってきて、お嫁さんを迎えることになりました。

きっとやはり年代の違いから、すれ違いは起きて来ると思います。


ですが、もう今までのような闘いは嫌です。

ひとつの宿を家族で守り継続し発展させていく。
闘うのではなくみんながひとつの気持ちになって、
団結できるようにしていきたい。
若い力は宝物。

若い人達のパワーだけでなく、発想の自由奔放さ、私達の年齢にはない別の明るい光りが射しこんでくるに違いありません。


私はもともと人と争うのも嫌いです。

ひとりひとりが違うよさを持っていることを尊重し、
個性を生かせるようにしたい。



帰って来た息子は、私の実子ではありませんが、母との確執を唯一理解してくれた大切な人物です。


すごく癒されましたし、頼りになりました。


そしてお嫁さんになる人は、私のメルマガを読んでくれています。

一緒に頑張っていきましょうね。



--------------------------------------------------------------------------------
◆素顔の女将◆
家内と再婚して10数年。実の親子ではいつしか忘れてしまうような事柄も、嫁姑の間では、いつまでも滓(おり)のように残っているものなのだろう。

ボジョレーヌーボーのような早飲みのワインには滓は出来ないが、年代物の高級ワインには、ボトルの底にびっしりと滓がたまっており、それが熟成の証しとも言える。

もしかすると人間関係も、一時的な間柄では表面を取り繕うだけで済むが、お互い理解し合い、愛情を感じ始める熟成した間柄になるには、心の滓が必要なのかもしれないな。


(by aruji)

ご予約・プラン紹介はこちら