◇ 心と心の接点 ◇
先日、あるおなじみ様がお越しになりました。

私に「写真をもってきたから、あとで見てください」と言われれ、ちょっと手が空いたときに見に行くと、驚いたことに、それは紋屋にお越しなった歴史を物語る写真帳でした。


紋屋で写真を撮って差し上げるようになったばかりの頃のピンぼけの写真や、
パウチして差し上げるようになったばかりの頃のもの。
還暦のお祝い状、
私や従業員達と撮った写真や私が今までに差し上げた手紙の数々、
年賀状も全て入っていてすっかり感激してしまいました。


その方がはじめてお越しになられるようになってから、
もう何年が過ぎたのでしょうか?その間にいろいろなことがありました。


私が病気になったり、
お客様が大怪我をなさったり、
それぞれのご退職、還暦のお祝い etc
ご結婚記念日に、ご主人様の心のこもった奥さまへの感謝の手紙を私が代読したこともありました。
お互いの病気や怪我のときには、励ましあい乗り越えてこられました。
私が股関節の病気になったときは、奥様がご自分の体験をもとに一生懸命なお便りで、気持ちが高揚し便箋からはみだしそうな文字が、私の傷ついた心を温めました。


たくさんある宿の中から、紋屋をそのお客様の人生の歴史と重ねてお考え下さるようになったことに、感慨深い思いを抱き、なんとも言えない感謝に心が震えました。


昨年そのお客様から頂いた年賀状には、大怪我から復帰され、ご家族全員が集まって快気祝いをするまでのドキュメントが、紋屋の名前いりで紹介されていました。


お客様と喜びと悲しみを共有できる。素敵なことです。



それなのに、今回ちょっとした事件が発生しました。


ご案内の者が、
そのお客様を全くの新客様と同じようにご案内してしまったのです。

紋屋のお客様は仲がいい(?)のか、
なぜか同じ時間に重なって何組もお越しになられます。

ロビーの椅子が全て埋まってしまうようなこともたまにあります。


お部屋へのご案内が間に合わないときは、
日直さんという裏での仕事の人達にも、ご案内を手伝ってもらいます。

急に裏から来ても、おなじみ様の場合は、お名前以外は何も書いていない宿泊名簿がルームキーの上にのっているので、たいがいは分かるのですが、たまたまそれに気がつかない日直さんがおなじみ様を全くの新客様のようにご案内して、お客様が不快になってしまわれたのです。


「私の顔がわからないのか」という気分になってしまわれました。

申し訳なかったと部長が謝ってくれました。

私はお食事のときに、そのお詫びを改めてしたのです。


私はそのお詫びの補足として
「その人は、ちょっとぼんやりしている人なのです。」と説明しました。


すると、そのお客さまは「じゃあ、良い人なんだ」


私はその意外な反応に驚きました。

そういう風に考えてくださるんだ、と。



他のことで、その人が担当している仕事を誉めてくださったので、「先ほどの話題になったぼんやりしている人がしているのです。」というと、

「ぼんやりという表現がいいですね 」
と。改めておっしゃってくださいました。


「ぼんやり」を良いと認めてくださる、ありがたいことです。



その人は確かに少しぼんのりしていますが、
他の人は気がつかないような素晴らしいことに気がつくのです。


紋屋の前にある特徴的なごつごつした岩。


私も嫁に来たときから、
(あの岩はライオンの頭に似ているな)と思っていました。

ところがその岩にもう1匹ライオンが寄り添っていることに、
彼女が気がついたのです。


よく目を凝らしてみると、
仲むつまじい夫婦ライオンがほほを寄せ合っている。


それ以降、紋屋にお越しになるお客様には、の岩のことを必ずご案内の者がご説明し、お部屋の広縁にも、ご説明のパウチを置くようになったのです。



人には、良いところと、悪いところとが必ずある。


それをうまく仕事に反映させるのが、私の重要な仕事の一つなのです。

従業員の非は、私共経営陣の非。私も含め人間は完璧ではありません。

長所伸展法でいきたいものです。



ところが、
その後、本人に聞いたところ、本人はおなじみ様だと自覚していて、そのつもりでご案内したとのことです。

本来なら、いつも頻繁にお越しいただいているお客様には、お風呂の場所やお部屋の備品のご説明は、ひとつひとつしないほうが親切な場合があります。

彼女は丁寧な人なので、すべてこまごまとしてしまったのです。

気持ちの現し方は、難しいですね。


結局、私の「ぼんやり」という言葉がお客さまの心に響いて、すべてを理解してくださった。

紋屋のおなじみ様は、本当に人柄がお優しい方が多いです。

また、私達もそうであって欲しいと思っています。




今夜お越しになったあるお客様は、毎日おばあ様の介護に疲れがたまり、心身の療養のためにお越しになりました。

お電話を受けたときは、少しお声が堅かったのですが、お越しになられたら、とてもよいご家族様でした。


介護はいまや全国的な問題です。


逃れることはできませんが、たまには自分を休ませないと、自分自身がだめになってしまいます。


息子さんと娘さんとお越しになったのですが、
このご家族様なら皆さんで助け合い、
乗り越えていけるだろうと思えました。


それ以上の深い話しは致しませんが、はじめてお目にかかったにしては、深いおはなし。

わたしは通り一遍のうわべだけの話ししか出来ない接客は、楽しくならないほうです。


1日だけでもお顔の表情が緩み、
微笑みのある空気が立ちこめていたことに私も安堵し、
少しでもお役にたてたかもしれないことを喜びました。



段々温かいシーズンが近づくにつれ、おなじみ様もここ連日おみえになっています。

今までのおなじみ様と、これからさらに増えていく新規のおなじみ様。


最近はお食事処で、お客様とお話する時間も増え、お食事のお好みやさまざまな習慣や職種などがわかり、今まで以上にお話が出来るようになってきました。


これからも人と人との温かい心の接点を築きあげ、
今回お越しいただいたお馴染み様のように、
ご一緒に人生の歴史を刻んでいけたら幸せです。



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◆素顔の女将◆
「ぼんやりしている人」という説明に「じゃぁ、良い人なんだ」と応えられたおなじみ様のお話には、ちょっと心が揺さぶられた。何かの本で、身障者のハンディキャップはその人の個性と表現してあったが、マイナス面と取るのではなく、良さとして評価してあげるとその人なりの“風景”が見えてくる。

最近は少なくなったが、家内のボケボケ振りも“良さ”なのでしょう(微笑)


(by aruji)

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