軽症うつ病
最近、女性誌にも「なんとなく鬱」とか表題に書かれています。世の中が不安定になって景気も悪化が止まらず、明るい話題が少ない現代においては、精神的な病に脅かされる人が急増しているのでしょう。新宿歌舞伎町の火事で救済にあたった消防士さんも、悲惨な場面に遭遇しショックによる心身症に悩まされていると、新聞に書かれてありました。
年齢的なこともあるのでしょうが、私も今年の5月ころから体調がおかしくなってきました。今春から私が生んで育ててきた息子が上京し、はじめて離れ離れになったことことも大きかったのかもしれません。正直に言って、こんなにも寂しいものかと自分でも驚きました。それに、社長の上の息子も同い年ですので、やはり上京してしまいました。心優しい子で実のお母さんが東京に居るので、もう私の元には帰って来ないような、取られてしまったような気分に陥りました。2,3月房総はオンシーズンですから、二人の息子の引越しやら卒業式やらでとんでもなく忙しく、体力的にも限界でした。それが4月になって急に暇になり、家族も減り空虚な気分が襲ってきました。また仕事も私がわずかながら成長し、母が少しづつ年を取り、交代の時期を迎えていて(もともともう表の仕事は私の仕事でしたが)裏の仕事もだんだんに私の領域になっていき、衝突することも少なくありませんでした。今迄はいつも私がおとなしく黙っていたのですが、毎回はそうもいかなくなり、お互いにストレスになりました。いちばん下の息子も中学3年という難しい時期を迎えていて、私が息子の望むような母親になれないことも大きな悩みでした。
仕事中はなんとかなるのですが、家に帰るとほんの少しも笑えない状態でした。毎日様々な小さなことで涙をこぼし、社長を困らせました。いくらストレスがたまる仕事とはいえ、毎日泣くというのはおかしいのではないかと、自分自身で思いはじめたのです。以前に他の旅館の女将さんから、仕事上日頃からカウンセラーに相談するようにすると気持ちが楽になると聞いていたので、「そうだ。私もカウンセラーに話をきいてもらおう。」と考えました。そうは言ってもいったい何処でカウンセリングを受けたら良いのでしょう?精神科に行くのは勇気が要りますし、その時点ではまだ薬を頂くほどではなかったのです。とりあえず、かかりつけのお医者様に相談してみました。結局は親戚筋から紹介してもらったのですが、たまたまとても良い心療内科に巡り会えたのでした。
今まで、自分自身は心の病を経験したことがなかったため、友人が外出不可能な病になったり、百貨店勤務時も、精神安定剤を飲んでいるという方と一緒に働いたことがあったのですが、やはり自分が経験しないと実感が湧かないのが実情です。それに、自分はとうとう精神病になってしまったのだろうか....と悩みました。後になって鬱病というものは、風邪をひいたりするのとそう大きく変わらない程、珍しくない病気であることを知りました。正直に言って驚きました。鬱病と言ってもいろんな種類があり、比較的若いときからわずらうものや、数ヶ月で完治するタイプや、症状もいろいろであること、それにより内服薬も種類が違うことなどを知りました。
私の症状は、初め陰鬱な気分からはじまり、そのうちいらいらしたり探し物がみつからなくなったり、記憶力の低下や体のだるさ、後頭部の重み・しつこい頭痛や肩こり不眠、耳が遠い、喉の異常な渇きに悩まされました。一番大変だったのが体のだるさです。以前から疲れやすかったのですが、経験したことがない、想像を絶するだるさなのです。しかも猫の手も借りたいほど忙しい夏季に一番重症な時を迎えてしまったのでした。鬱病の治療は投薬と休養です。本来なら家で休んでいなくてはいけなかったのですが、宿の女将が夏休みに休んでいるというわけにいきません。従業員にも「調子悪いのよ。」とは言いましたが、何処から見ても怪我をしているのでもなく、体調が悪そうに見えません。心身症に対する偏見も心配でしたから、もう少し良くなったら話そうと決めました。時々頭痛で大切な日に穴をあけましたが、ほとんど休まず出勤しました。この病気は、「頑張ろう!」と思ってはいけないそうです。しかし、自分をある程度励まさなければ働けません。頑張ろうとせずに仕事に精を出すことの難しさは何とも言えないものがありました。ひどいときは、101という部屋の鍵をキーボックスに戻すことも出来ないくらい頭の働きが鈍りました。とにかくだるくて体が鉛のように重く立っていられない時は、私達が食事する時に使っている部屋へ上がって横になっていました。少し休んでは働き、おかしい時は社長に傍にいてもらいやっとの思いで乗り切った夏休みでした。社長がいつも傍に居てくれたので何とか過ごせたものの、普通の会社勤務でしたら長い休暇を取らざるを得なかったと思います。
私の場合は、仕事に行く意欲がなくなるということはなかったのですが、親しい友人にも会いたくなくなり、趣味はやる気が起こらなくなりました。今は随分と回復し、体がだるいことも少なくなりました。自分自身でもかなり楽になったと感じています。それでもあともう少しで全快という時も意外とつらいのです。家族からすればよくなったと思えば、つい病気であることを忘れがちです。まだ全快したわけではないので、本当はまだ普通に接されると、正直なところしんどい時もあります。家族にとっても良い迷惑ですし、苦しい数ヶ月になったに違いありません。私自身も情けなくて悲しくなりましたが、社長は私以上に辛かったに違いありません。一緒に病院にも数回いってもらい、お医者様の話しを聞いてもらいました。この病は家族の協力が絶対不可欠なのです。今は一日も早く完全に良くなり、再発しないように原因の究明にも努めたいと思います。もともと自分の持っている生真面目過ぎる部分や、考え込みやすいところや、すぐ考えが飛躍してしまったり思い込みやすかったり。そうした性格を変えていけるように、上手に嫌なことを紛らわす技術を身につけて、少しは逞しい女将になりたいと思います。
この病を経験したことは辛かったですが、人の心に触れる仕事をする上でよい勉強にはなりました。ストレスがたまって疲れているお客様に対しての、心のケア-について今まで以上に考えるようにも成りました。そして、たまには回りに甘えることも必要なんだなあと。気分転換や気持ちの持ち方についても、私のようにくそまじめな人間は、少しはいい加減になることも(難しいですが)必要なのかなと思いました。自分の良い部分は良い部分として残し、変わらねばならない所は変わらなければと。一生、人は何らかの形で学んでいくのだと思います。良い部分と悪い部分は紙一重ですが、力を入れ続けたら疲れてしまいます。上手に力を抜き、全力で立ち向かうべきところに力を発揮出来るように、そうした手腕をこれから磨いていこうと思います。心豊かでうまく考えられる経営者となるように、これからも応援してください。
最後に、私を支えてくれた社長(主人)に心から有難うと言いたいと思います。迷惑をかけてごめんなさい。もう少しで良くなるから待っていて下さいね。そして今迄以上に力を合せて、頑張っていきましょう。よろしくお願いします。・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
◆宿屋の雑学◆
酒席の作法/ワイン
ワインの歴史は、数ある酒の中でも特に古く、今に残る作法には、理に適った理由が有ります。肉料理には赤、魚料理には白と言われますが、赤に含まれるタンニン酸は肉の消化を助け、酸味のある白には魚介類などの殺菌作用があり、それぞれ相性が良いのです。日本酒の作法と異なり、ワインはテーブルの上に置いたまま注ぎます。注ぐ量は赤、白ともにグラス1/2ぐらいが目安。テーブルに置いたままグラスを回し、香りを引き立たせます。飲む時は必ず、ステム(脚)を持ちます。特に白ワインはグラスの部分を持つと、冷えたワインが手の熱で温まってしまいます。ちなみにテイスティングはフランスでなく、イタリアで始まった習慣で、もともとは毒味の意味合いが強かったようです。◆素顔の女将◆
本当にこの夏は、病を押してよく頑張ったね。本当に大変だったと思う。これからは、あまり無理をせずに過ごそうね。
今回の病気になる前から家内は偏頭痛の持ち主だったが、夜中にも痛くなる事があるらしい。翌朝、家内を見ると頭にはちまきを巻いていたりする。そうすると少しは痛みが押さえられるそうだが、起き抜けに見るとバカボンのパパの真似!?と思ってしまう。あっ、ゴメン (by aruji)

ご予約・プラン紹介はこちら