お客様との交流
紋屋に私が入社した頃は、おなじみさんと言えば老人クラブのお客様に決まっていました。最近の傾向として、団体さんは減少の一途をたどり個人のお客様が多いはずなのに、どうして個人のお客様におなじみ様がいないのでしょうか?
百貨店にいた頃は私のお客様と呼べる顧客様が大勢様あり、それが私のやる気につながっていましたので、紋屋でもなんとかそういう日が来ないものかとおぼろげながら考えていました。その頃の紋屋にも実際は、十数組の顧客様はあったのですが、紋屋側にその意識がないという驚くべき社内事情だったのです。小さな田舎の宿にはよくありがちで、別に珍しいことではないらしいのですが、顧客管理をしていないサービス業があることに私は細い目が真ん丸くなってしまいました。そういう私も社長と交際中はまだ意識がなかったので、「どうして房州に行く人がいるのかしら?伊豆の方が良いに決まっているわよねえ。」などとひとごとのようなことを言っていました。「もしもぉし~貴方もそこで働くのよ。」と言われ、(そうだった)と苦笑しました。
はじめのうち女将はやっていませんでしたから、単なる売店の店員プラスアルファーにすぎません。なんとなく毎日が過ぎ、やりがいも見出せずにいたような気がします。売店も一生懸命やると結構な仕事量はあります。売上も私が担当してからよく伸びてはいました。それでもやはり顧客づくりをしていけないことが、私には決定的なダメージでした。自分でもその頃はまだ気がついていませんでしたけれどきっとそれが原因で、女将まがいの仕事をするようになっていったのだと思います。
着付け教室に通い、社長の大反対を押し切って挨拶をはじめたことは以前にも書きました。それが平成10年の12月ころです。それからもう13回、15回とお越し下さっているお客様があります。もちろん紋屋の特別なお客様です。その他にも年に数回いらっしゃるお客様や、毎年必ず季節限定でいらっしゃるお客様、季節は決まっていないけれど毎年いらっしゃるお客様など、多くの顧客様が出来てきました。特にメールマガジンを配信してから半年過ぎた頃から、心の触れ合いをもてるお客様との出会いに恵まれ始めました。もちろんまだまだ紋屋は繁盛するほどお客様づくりに成功していません。でも、少しづつしかも着実な素敵な出会いを造りつつあります。
私の生家はやはり自営業です。(商売屋ではありません)母が電話に出る時の応対やお越しくださる方々への会話など、知らず知らず身につけたような気がします。私が幼い頃から今に接客の仕事をしようと考えつづけたのも、もしかしたら母の影響かもしれません。実際は父がいなければ成り立たない仕事なのに、母の車がない時はとても暇だそうです。父は気性の激しい人でしたから、(今は大分年をとって丸くなりました)お越しの方をなぐってしまったりして母は苦労しました。そうした母の背中を見て私が人と接する仕事をしたくなったに違いないと最近気がついたのです。
先日、紋屋の特別なお客様のひとり、私が勝手に第3のおかあさんと呼んでいるお客様と東京でお会いしました。その方の友人でやはり、紋屋の特別なお客様になって頂いている方の絵の個展が開かれていたためです。素晴らしい作品を拝見しお話して帰る時、その第3のお母さんF様が「私の家すぐ近くだからどんなところだか見ていって。」と誘ってくださいました。せっかくなので伺うことにして、タクシーで向かいました。まったく飾らず生活しているそのままを見せていただけたことに、私達に対して心を開いてくださっていることが十分に伝わってきました。そして、これから私達が向かう門前仲町に「一緒に行きたい」とおっしゃって、お不動様にお参りしお買い物をして、お茶を飲んでお話しました。百貨店時代もよく顧客様と出かけましたが、社長にとっては想像も出来ない体験だったようです。宿に泊まりに来ているお客様とこうした交流をしている、そうしたことが出来る宿はそんなにないと言います。私は、そのお客様と毎回お話しているうちにだんだんと挨拶ではなく、世間話や私的な相談や悩みを聞いていただいたりし、「それでね、それでね」とお店の話やら家族の話をして一緒に笑ったり泣いたり......。そのお客様からも「自分の娘が旅館に嫁いだような気がどうしてもしてしまって。」とおっしゃっていただいています。この頃はいつも首を長くしてお越しをお待ちしているわけです。私の話を聞いて頂いて御料金を頂戴しているのですから、全く持って申し訳ない次第です。お越しの度にこのメールマガジンをお読みくださっているので、この場をお借りしてお礼を申し上げます。いつまでもこれからも私の第3のおかあさんでいてください。
また、私のメールマガジンをお読み頂いているIご夫妻も、まだ、お会いしたのは2回ですが、とうてい常識では考えられないほど何やら感じ合える、心通じるものを目には見えないオーラみたいなものを受け取れるそういう方々です。特に奥様のK子様は私よりずっとお若いのに素晴らしい感性をお持ちで、頂くメールはいつも私を感激させます。この頃インターネットのおかげで、若いお友達のようなお客様が増えました。アロマセラピストになる夢を持っているF様も私にとって大変有難いお客様で、やはり忘れがたい方にたった1度でなってしまいました。今はネットのお仕事をなさっているので参考になるご意見も頂けます。鎌ヶ谷市にお住まいのI様も、もう15回お越し頂いている大顧客様で、時々カラオケをご一緒しています。今年の夏にはお孫さんを連れていらして、小さなお友達が出来ました。いつもはお一人でいらっっしゃるので、やはりだんだんお話が弾むようになりました。ご家庭の背景もすこしづつ分かるようになってきましたし、食事のお好みも特別なお客様は出来る範囲で我侭をおっしゃっていただいています。ごく最近お越しになったある母娘のお客様も、お母様が「まさか、始めて訪れた旅館の女将さんとこんなふうにお話が出来るなんて思いもしなかった。」とおっしゃってくださいました。
私はこうして今はやっと紋屋でもやりがいを感じ始めています。初めてお会いした方でも心の交流が出来、出会いの素晴らしさを実感できる。そうでなかったら私は接客の仕事を選ばないかもしれません。本当に、人は人につくもの。そう思います。これからも素晴らしい出会いを求めて、毎日お客様を一生懸命お迎えしていきます。
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◆宿屋の雑学◆
酒席の作法/中国酒
中国酒も様々な種類が有りますが、日本で最もポピュラーなのは紹興酒でしょうか。紹興酒は老酒の一種で、淅江省紹興市に産するものだけを言います。その歴史は2400年前くらいに溯り、娘が生まれた年に仕込んで、嫁ぐ日の祝い酒とするのが、上流社会の習慣でした。日本では氷砂糖を入れて飲んだりしますが、中国ではその作法はなく、常温か寒い季節はぬる燗で飲みます。紹興酒の杯は右手で持ち、左手を添え、額まで掲げ感謝して飲みます。飲み干した杯を相手に見せるのが礼儀ですが、ワインのテイスティング同様、もともとは毒が盛られていないことを示す意味が有りました。
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◆素顔の女将◆
風邪で数日寝こんだ為、不精ひげが伸びた。
  aruji:「タリバンみたいでしょう?」
  家内 :「たれぱん?たれパンダ!?」
ビンラディンも、たれパンダじゃ片無し.....。(by aruji)○こっそり義父さんも○
義父さんがゴルフに行く時の事。
途中から列車に乗る一緒のメンバーの為に、4駅も前から座席の場所取りをし、混んで来て目の前に人が立っても、にこやかに「ここ、来ますから」としっかり席をキープしていたと言う。普通、ちょっと出来ない!(by aruji)

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