リストラ
リストラと言うと、会社を都合で辞めさせることだと思っている方は多いと思います。実際の言葉としての使われ方は、確かにそうした用途で使用されています。しかし本来は、会社の再構築という意味なのです。一般に会社に勤めている方は、経営者がどんなところまで気を配っているかは、なかなか伝わらないものです。私も百貨店にいた頃は一般社員でした。もちろん一生懸命働いていましたし、店側が要求している以上の接客に勤めてきたつもりです。ですから、結婚前社長に、「社員はそういうものだよ。」と言われると反発もしました。普通の社員だって会社のことをきちんと考えている。会社の為に自分に与えられた任務を全うしているのだと。しかし、実際に自分が経営側に立ってみると、やはりいかに自分が生ぬるい考え方をしていたかがよく見えてきました。
一般社員の時は、やはり自分の任務の遂行が中心に有り、会社の中枢に対する批判に視点が集まり易かったのです。経営側になると、まず大きく会社組織の運営を考え、とどこおりなく利益を上げていくべく、一番最初に行わざるを得ないことから手をつけていこうとします。考え方は常に会社の中心にあり、そこから隅々まで目が届くように人事配置から一人一人の行動手順、効率的かつ丁寧に仕事が行われるように監視出来得るシステム造りを構築しようとします。
概略を決め、其処からこまごまとてこ入れを行い、見直しが必要であれば修正を施し、お客様の為の投資と人件費をにらめっこしながらフル回転できるように考えます。お客様にも喜んでいただき、更に従業員の生活面まで考え、そして会社の為に経費削減を実行する。同じ線上にありながら、実は全く逆のようでもあるこの矛盾点をさりげなくクリアするのは、容易なことではありません。何事もお客様のためお客様のため……。そして結果的に、従業員のためにつながるように試行錯誤の毎日です。
私が来た頃の紋屋は、定年間近な、もしくは過ぎている従業員ばかりの宿でした。数年したら一遍に従業員が退社する時期が来てしまうことが一目瞭然、とても不安でした。早くいろいろな仕事の流れを把握して、新しい人材の補給の時に教えられる立場にならなくてはとあせりました。
それからあっという間に3年が過ぎ、その間に多くの人が入れ替わりました。はじめに私が入社してすぐの年の夏、夜警さんが辞め、客室係が4人、経理が辞め、売店が辞め、予約が辞め、ボイラー技師もなかなか一定せず、もう3分の1は入れ替わったかもしれません。バブル時の高値安定の給与がそのまま引き継がれ、給与制度迄見直しを迫られました。利益を生み出せる会社組織づくり。徹底的な無駄の排除。社長も給与は結婚した時の半分です。家計も一挙に苦しくなりました。
旅館さんによっては、正社員0という宿もあるそうです。そう言えば百貨店時代も正社員はごくわずかで、ほとんどが派遣社員でした。正社員制度はどんどん見直され、よくても1年の契約社員です。ボーナスの削減のみならず、廃止も珍しくありません。出張費の削減の為に、日帰りでの中国行きも命令されるそうです。そういう中で紋屋がのんきにしていられるわけはありません。でも田舎町の小さな旅館では、従業員にその危機感が薄いのは致し方ないことなのでしょうか?
今までにも私が入社以来、従業員教育に力を入れてきたことはお話してきました。しかし、リーダーシップ研修でも講師の方から話がありましたが、勉強好きで素直さがない人は育たないそうです。今回紋屋でも初めて、会社都合で退社していただいた方が出たのです。そうしたことは、私達にとってもすごく辛い決断でした。ほかの従業員が誤解するのも心配でした。まめに個人面談を重ね、プライベートの心配や助言もしてきたにもかかわらず、経営サイドの意向には全く関心がなく、勤務態度に何の変化も見られない幹部職員だったのです。
いつもお越し下さるお客様から「笑わない人(=笑顔がない人)」と言うあだ名までつけられ、余り接客しないのに年間に名指しのクレームが最低3件はあり、目を離すと勝手にプライベートで会社の車を使用するなど、言い出せばきりがないほど問題だらけな職員でした。極めつけは他の従業員から、「役職にふさわしくない」と言う意見が出たことです。少しづつ皆のレベルが向上してくると、ついて来られない人は返って目立ってしまうのですね。私達の指導も行き届かなかったのかもしれませんが、皆が一丸となってこの不況に立ち向かおうとしている時に、一人だけが流れに逆らっているとみんなの中で浮いてしまう存在になっていました。
私とは特にそりが合わなかったので、お互いに不幸です。どんな会社でも合わない人はいます。それでもやって行くのが社会です。しかし、会社としての方向性にそって頂けず、死んだような目をして仕方なく働いて居るのがどこから見てもみえみえでした。そういう人に会社として高い給与はお支払いできないことはいうまでもないことでした。
どちらかというと営業肌だった彼にとって、営業に出ての集客よりインターネットの方が力を発揮するような時代になってしまったことは、不本意だったでしょう。自分に一番向いている分野で力を発揮できなくなったのは、気の毒なようにも思いました。実は彼には家庭的な問題が有り、落ち着かない状態が続いて、ひところ仕事どころではなかったのです。早く家庭が落ち着き、やる気まんまんだった頃の彼を取り戻して欲しいと、私達はじっと我慢して待っていたのです。
私が来るまではうるさく教育されることもなく、任されっぱなしで呑気に仕事をしていました。業績があがらなくても特に気にする様子もなく、パソコンやインターネットを勉強してみようという意欲も感じませんでした。本来なら新しい分野に果敢に挑戦し、経営側に逆に新風を吹き込んでくれるような、元気でフットワークが良い幹部社員であって欲しい、そう切に願うものです。
人間死ぬまで勉強です。年をとって引退しても、何らかの形で成長はしなくては成りません。時代は大きく変わり、その変化のスピードも数年前とは比べようもありません。どんな時代がきても即対応が出来る能力を身につけ、そしてそれが個人の栄華や富のためでなく、多くの人々のためになるような業績を残すことが出来たら最高です。失業率が過去最悪であるとか、世界が核戦争に巻き込まれるとか、一向に明るいニュースはありませんが、自分自身がきちんと地に足をつけて働き、何事があっても動じない精神と肉体を持ちたいと思います。
その幹部職員がいなくなり、当然残った幹部社員は忙しくなりました。私自身も数分おきにあちらこちらから声がかかり、自分個人の仕事が全く進みません。どんどん面接をして新しいスタッフが入ってきて、当然慣れないことからのミスも発生します。板長やルーム長にも負担を掛けていますので、労いの言葉かけもひんぱんにしてあげなくてはなりません。
それでも…この頃お越しのお客様からは、接客面で「到着の時から朝を迎えるまで大変気持ち良く過ごせた」「以前より教育が行き届いているのが判る」とお褒めの言葉を頂けることが、以前より多くなってきたのです。お客様に悪い印象を与えてしまう従業員、ひいては会社のためにならない従業員は、個人的な同情から置いてはいけないのです。年功序列はもう過去の話し。生き残りをかけてひとりひとりが自分自身の力を磨いていく、ある意味では健全な社会になりつつあるのかもしれません。
景気が悪くなった。それから突然1000人がリストラ。そんなニュースが毎日飛び込んできます。テロ事件によって航空会社がリストラを行う場合、テロリストを恨む以外に方法がありません。そうした世の中の流れもさることながら、基本的には会社の経営方針に忠実であり、素直でしかもやる気と元気があり、勉強熱心でどんな新しい計画にも積極的に取り組む姿勢を持っていないと、どこの会社でも生き残れないという事です。何事も実力ありきです。私も一日一日自分を磨き、社長の勉強熱心さを見習い、向上心を常に忘れないよう努力して参る所存でございます。・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
◆素顔の女将◆
俳優の中尾彬の本を、家内がお客様からいただいた。奥さんの池波志乃は、馬生の娘さんだと教えてあげると、「ええっ!そうなのぉ~!」と、とてもびっくりしている。この間亡くなった志ん朝の姪御さんになるんだよと言うと、何故か急に笑い出していつまでも止まらない。どうしたのかと聞けば、ばしょうは「ばしょう」でも、松尾芭蕉(爆)と思ったのだという。そっちの「ばしょう」は、江戸時代の人だぜぇ!(by aruji)*ついでに大女将*
母が「4キロやせちゃった」と言うので心配になった。不景気なんでストレスが溜まったのだろうか、糖尿病が悪化したのか.....。「4キロも痩せたの?」と心配して聞くと、母は「違った。0.4キロだった。」あのねぇ........(^^;)(by aruji)

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