故郷
私は生まれも育ちも東京です。娘のころは(私には故郷がなくて残念だなあ)と思いました。東京は、いわゆる故郷というイメージが結びつきづらい土地だからです。自然も少ないですし、田舎から出てきて住んでいる人のほうがもともと東京生まれの人より多いのも実情です。中央区、新宿区等はその土地に住んでいる人も少なく、ビジネスの町なのです。最初の結婚(私は2度結婚しています)では、3年目に転勤があり初めて地方都市で暮らしました。福島県の郡山市です。今から思えば笑い話ですが、その時はものすごいショックを受けました。例えば、福島県は東北ですからガス会社、電力会社が東京と違うので、いちいちガス湯沸し器等は買い換えなくてはなりませんでした。テレビもNHKは1チャンネル、フジテレビは8チャンネルではありませんし、その後2年たって岩手に転勤したらフジテレビの放送がありませんでした。
また、現在は違うかもしれませんが、無伴奏で画面が動かないというCMもありました。関東にいれば、全国の天気のあと、そのままの放送局で関東の天気になりますが、地方では途中から福島テレビ局とかからの天気予報に変わります。ラジオも県立の高校入試の結果が延々と放送されたり、個人の家の犬がいなくなりましたというニュースや、何々町の誰さんの車がどこそこの県道で盗まれましたというお知らせが流れたり、とてもローカルで今から考えるとすごく楽しい放送でした。
郡山では仙台から転勤してきている方から、ずんだ餅の作り方を教えてもらったり、田んぼにせりを取りに行ったり、つくしんぼの煮方を習ったり、東京では味わえない生活をしました。それなのにその時はあまり楽しいと感じていなかったと思います。
風が一年中強く吹く土地でしたから、実際の気温より冬は寒く感じます。一晩中吹き止まない風の音がどうしても好きになれませんでしたし、夏になると急に風はやんでしまい、盆地特有の熱さが到来しました。初めての土地でお医者さんに通うのも買い物もバスなどの交通も不便でした。でも東京に気軽の帰れないことが一番大きく不満を抱く原因になっていたかもしれません。
次に岩手の盛岡に転勤になった時は、もう地の果てに来たような気分になりました。しかし、盛岡は住んだところが良かったので(ロケーションや場所)、意外と楽しい生活になりました。盛岡の駅から歩いて8分程度の所にあり、窓からは雄大な岩手山が望めて、目の前は北上川です。季節ごとの催しものが物珍しく、家の窓からいかだくだりレースを応援したり、精霊流しを見物したりして良い経験でした。今では岩手は私の第2の故郷となっています。
しかし、寒さは半端でなかったので頻繁に具合が悪くなり、10キロもやせてしまいました。息子も、一度肺炎を患ってから一日おきに病院通いです。楽しさ半分、辛さも半分でした。夏は扇風機も要らないくらい涼しくて快適でしたが、冬はずっと窓があきません。玄関をあけるときも足で強く蹴飛ばすか、お湯をかけないと凍り付いて開かないのです。洗濯物も外に干すと数秒で凍りますし、毎晩凍結防止のため一つ一つの水道官の水を抜く作業は大変でした。70センチ以上もあるつららが出来たり、道が圧雪凍結したり転ばないように歩くコツがつかめないと怪我をしそうでした。
そうした寒さとの戦いがあって、はじめて春を待ちわびる気持ちを経験しました。真夏がほんの短い間だけあって後は冬の付属品のような春と秋。4月の終わりの桜と梅と桃が一斉に咲き、遅い春がやってきます。東京の春のようには暖かくないのですが、東北ならではの春到来でした。そして、今は千葉の白浜にいます。きっと私は東京では暮らせない運命にあるのでしょう。でも今は東京へ行くのはそう大変ではありませんし、東京が住むのにすごく良いとは思いません。しかし便利ではありますし、今は田舎の生活なので都会の空気、雰囲気が今の私には良い気分転換になります。
私はいつも、住んでいるその土地の良さや素晴らしさをあまり満喫してこなかったように思います。今もほとんど宿屋と家の往復に終始しています。忙しい商売と商売のための習い事、それだけの時間を作るのに必死です。
でもその中でも、夜の月の光が海面に映るときの美しさ、都会生活では味わえない静けさと暗闇、土がある生活の大切さは実感するのです。夏に東京に帰ると人工的な車からの排気、エアコンの室外機からの出てくる温風でなんとも言えない嫌な熱さで異様な空気です。房総も熱いのですが土があるせいか、夜はそれなりには涼しくなります。肌のために湿気を含んだ空気もいいようですし、空気は綺麗で持病の喘息もずいぶんよくなりました。
たまたま社長と知り合ったので、宿屋の女将になり白浜にやってきました。でも白浜は「気」が強いところ、白浜の気が私を呼び寄せたのかもしれません。社長とはじめの頃会うと、何故か一緒にいたくなりました。磁石を持っているのかなあと思ったくらいです。特別容姿や条件が良かったわけではないので、やはり何かが私を惹きつけたのでしょう。
接客業は、自分の天職だと確信している上で宿屋の女将になったのです。女将になったおかげで、長年夢見た執筆活動も出来るようになりました。先日、毎年お越し頂いている健保組合の担当の方から、「ここで女将になるために生まれて来たのですよ。良かったですね。」と言われました。本当に自分でもそう思えるようになりたい。それだけの単なる女将職だけでない何かを生み出していきたい。そしてそれをお越しになる皆様へ伝えていければと思います。・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
◆素顔の女将◆
ワールドカップの決勝戦を息子と見ていると、家内が「私、ドイツを応援するんだぁ」と参加してきた。どうして?と聞くと、「ゴールキーパーのカーンが可愛いから♪~」と言うので、息子と同時に「可愛いかぁ~!」と叫んでしまった。どういう美意識なんだろう..........。(by aruji)

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