書道教室
娘の頃、近所の先生に習字を習っていました。私の通っていた小学校には習字の授業がなく、中学校は習字が盛んな学校だったことが始めたきっかけでした。少しづつ上達すると欲も出て、高校の高学年では部活動も書道部に所属していました。大学時代は師範免許を取得し、その上の教授の免許を取ろうと頑張っていました。
しかし、結婚して子供が生まれると全く習う余裕も無く、転勤があったりして実質的に無理になりました。でもずっと心の中では、又いつか習字をやりたいと考えていました。企業に就職しても結構習字は役に立ちます。手紙を書く機会は多いものです。でも、百貨店に入社した頃はもう離れてから十数年が流れていましたので、習っていたというだけになっていました。
紋屋でもすぐ、手紙書きは私の役目になりましたから、ボールペンではなく墨で手紙を上手に書きたいと切に願うようになりました。文化祭などが町で行われる時、地元の書道会などの展示会には足を運びました。しかし、こちらでは何を習うのも車の免許を持っていないと通うのに不便です。今の住まいは過疎地で、一日に数便しか路線バスは走っていません。習うなら私でも簡単に通えることが必須の条件でした。そう願いながら一年程たった時、たまたま年賀状を書くのに良い手本はないかと本屋さんで探しました。とても素晴らしい一文字書きを紹介なさっていらっしゃる方がありました。その先生が、今私が師事している石飛博光先生です。その時は、すごく有名な書家でいらっしゃることも知らずに、その本に書いてあった先生の教室をあたってみました。
聞いてみるとどの教室もいっぱいという人気ぶりにびっくりしました。だめでもともとという思いで、手紙を書いてみました。通信教育のような形でもかまわないと考えたのです。手紙を出してから2ヶ月ほどしてお返事がきました。私が通えそうな東京の教室を教えて下さったのです。(返って東京へ行く方が田舎の街へ通うより便利な為)
今から考えると、なんて恥ずかしい行動だったかと思います。先生は特別人気も実力もある書道家で、しかも過密スケジュールで大変忙しい方だったのです。私のような全く紹介も無い一般の人間を受け入れて下さり、一度教室ものぞいてみたらと促してくださったのです。私が所属しているのは、日本橋教室ですが、日本全国に多くの教室と生徒さんを抱え、日本橋教室にも仙台とか伊豆とか遠くから通っている生徒さんがいます。他の教室には海外の方もいらっしゃるようです。私は日頃余りテレビを見ないので後になって知ったのですが、先生はテレビ番組やコマーシャルにも出演していらっしゃって、もしそれを知っていたら、手紙を出すなんて恐れ多いことは出来なかったでしょう。
私が娘の頃習っていたのは、近所の習字の先生。石飛先生は書家です。習いに来ている方は、殆どがご自分も教えていらっしゃる方々で、しかも日展などの大きな展示会を経験なさっています。私などは全く素人の範囲でいつも小さくなっていますが、初めて教室を訪れた時の衝撃は大変なものでした。
狭い教室にひしめくほどの人数の生徒さんが、大きな作品を手にもって並んでいたのです。1分の無駄も無いように、進行係りの方が順番とその方個人が抱えている帰宅希望時間を見据えながら進めていきます。
先生のすずりに墨が足りなくなる前に墨を足したり、次の順番の方が書いていただくお手本の紙のサイズを用意したりします。普通の習字教室とは全く別種の騒然とした雰囲気に、ずいぶんとおろおろしました。
何とかやめなくて済んだのは、教室の方の優しさでした。その方は前田さんとおっしゃるのですが、頼りない私をいつも支えつづけてくださいました。今では私も他のメンバーの方々からも覚えていただき、皆さんに励まされて参加しています。このメールマガジンは教室の方はお読みにならないでしょうが、いつか皆さんに恩返しをしなくてはと考えています。
先生の教室では、毎日書道展や創玄書道展、日展など数多くの書道展に参加するかた、又全く私のように個人で習う方、それこそ80人にも及ぶ生徒さんが、それぞれのお手本を午後1時から6時の間に書いていただき、手直しもしていただくのです。普通のお習字の先生ではとてもかなわないですし、やりきれないことです。私が一番やりがいを感じているのは、自分で作品をイメージする練習が出来ることです。単に手本を見て習うのと違い、自分自身の創意工夫が施され、いかにそのものを自分自身の作品に出来るかがポイントです。
例えば、藤村の詩を作品にしたいと考えた時、先生は、「自分でまず書いていらっしゃい。」とおっしゃるのです。それをもとに先生がイメージしてヒントを下さるのです。先生のお手本は本当にため息が出るほど素晴らしいものです。これからもずっと続けていきたいと思います。
今に私の作品がいっぱい飾られた宿にしたいと願っています。思えば宿作りという仕事も、作品製作に似たところがあると思います。次のおなじみ様企画をどんなものにしようか、また、会社組織の変革を考えたり、献立のヒントを探したり。お客様からのお声をひとつひとつ伺いながら、そのご要望やご意見に添えるものは、的確に実施していく。又すぐに出来なくても何かのヒントとして大切にする。そこから思いがけない発想が生まれてきたりします。
要するにいかに自分らしさ、紋屋らしさをどんな手立てで演出するかということなのです。メルマガの配信、書作品作り、それらは目に見える形で進めていけそうです。娘時代の習字は、本当に字を習うことそのものでした。手本をもらい、真似て字を書いて、そこから自分らしい個性を出す工夫など出来ませんでした。以前百貨店にいた時も、毎年同じように物を売ること以外は、発展しなかったように思います。毎月の売上のターゲットを追い、結果を出す。会社が決めたプロモーションの元に、春は春の新作、お歳暮や中元などなど。
今は、習い手でなく作り手側なのです。その分負担は大きいかもしれませんが、作り出す楽しさと苦しさが味わえます。他人が作ったレールの上に乗って進んで行くのは楽ですし、又それを順序良く成し遂げていく事も大変重要な事です。そうした事を否定するのではなく、何かを生み出していく時に生ずるエネルギーやその苦心によってこそ、成長できる今を感じているのです。それはもちろん、社長に支えてもらいながらだからこそ出来るのです。教室の方からも言われたのですが、私が忙しい中、書道を学べるのも社長の理解があるからです。改めて主人に感謝。合わせて今回の光墨書展に、お忙しい中お運びくださったメルマガの読者の皆様にも、誌面を借りまして御礼申し上げます。・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
◆素顔の女将◆
夜、ベッドに入ってから家内と漢字の話しになった。寝室では電灯は全部消すので、真っ暗なのにもかかわらず家内は、「王へんで右側はこう書く漢字」と言いながら、空中にその漢字を書いていたらしい。私がフクロウ並みの目をしていると思っているのだろうか.....(by aruji)

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