退職に関して
10月のはじめ、フロントの若い従業員が一人辞めていきました。とても接客態度が爽やかで、気持ちがやさしいところがある青年でした。いつかは辞めていくことがわかってはいても、その時が思ったより早かったので、覚悟はしていたつもりでもやはり落胆はしてしまいました。その青年は、平成13年の3月はじめ、実家から家出をしてきた人でした。3日前から駅の構内で雨風をしのいで過ごし、もう所持金はないそうです。持ち物はリュックサックの中に数枚の着替えとタオル、使用できない携帯電話のみ。保証人はいないとそういう状態でした。
どこの馬の骨とも分らず心配はありますが、殆ど満足に食事もとっていないようでしたし、まだ裏寒い季節でした。とりあえず春の繁忙期の手助けになればと考え、小さな部屋を与えました。制服を貸し与え、とりあえず睡眠をとらせて夕方から働いてもらいました。
それから半年経って、彼はフロントで働いてもらうことになるほど良い接客をし、そしてなんでも嫌な顔一つしないでこなしてきました。どこか得体が知れない部分はあったものの、息子とそう年も離れていなくて、正直可愛い従業員でした。最初が船乗りで次がキャバクラの店長という経歴、落ち着いたらご両親にも連絡を取るように言って聞かせました。
入社の仕方からしてまだまだ常識に欠けるところがあり、基本的な言葉遣いや電話応対は心もとないところが多くあったものの、お客様に対して一生懸命な誠意があったので、いつしか紋屋で重要な従業員の一人となっていきました。しかし、入社1年がたって一度彼が実家へ帰ったころから、時々あった遅刻や大事な日の突然の欠勤が、頻繁に発生し始めました。昼休みに空いている客室で3時間も寝ていたり、勤務中の居眠りやソリテア(ゲーム)をやっていたりということもありました。その時点で、注意をした方が良いと社長には進言をしていましたが、何かあるたびに一生懸命詫びるので、ついそのままになっていました。
9月の末、彼はとうとう辞めたいといってきました。時期についてはまだ決まっていないようでしたが、こちらもぎりぎりの人数でこなしていましたので、いつまで居てくれるか心配になってきました。
私は基本的に、去る者は追わずという考えではあります。彼は正社員でも契約社員でもありませんでしたし、辞める時期に対して会社側が拘束するわけにはいきません。しかし、常識ある人間がお世話になってきた会社に対して、普通はするべき行動というものがあると思います。
彼がどんな行動をしたかは、この場でお話することは避けたいと思いますが、結果として大変思わしくない形で辞めていきました。最後くらいきちんと勤め上げて、新しい仕事に踏み出して欲しかった、彼にもそう話しました。もうきっと決めていたのでしょうが、決して会社のためだけにそう言ったのではなかったので、私は今回のことで自分の力不足を痛感する結果となりました。
本当にお世話になったと感謝していれば、裏切られる結果には多くはならないと考えるからです。今まで散々裏切られてきた母は、「どんなに良くしてやっても裏切る人は裏切る。」と言います。そうなのかもしれません。悔し涙を飲んできた母は、前社長から「自分が裏切るより、裏切られた方がいいじゃないか」と言われたそうです。良いお話ですよね。
確かに会社だって、社員の体が動かなくなっても面倒を見てあげられるほど、余裕はありません。従業員の立場では、常に自分個人の生活が一番であり、会社の為にと尽くしきって奉仕する時代でもないでしょう。でも、私は昔の考え方が抜けないというか、自分個人の考えとして、裏切られるのは自分の力が無いからだと思います。一生懸命してあげているつもりで確かに世話したとしても、本人の意向に合っていなかったという場合もあるでしょう。こちらの余計な一言が原因である可能性もありますね。少なくとも、従業員のうち一人でもいいから、女将の為だったらと思って働いてくれるような人を育てたい。そう思うのです。私は、今までいろいろな上司の下で働いてきました。今から考えるとその上司それぞれの人柄と癖、相性もありました。一人一人良いところと良くないところがあったなぁと思い出します。でも何故か私は、凄く良かったことだけが特別に印象深く心に残っているのです。
特にある上司については、その人の部下であった時より、離れてからのほうが好きになりました。その人が持っている本質のようなものが見えたからでしょうか。
私は、その上司の下に居る時に離婚を経験しました。勤務には全く迷惑はかけませんでしたが、その上司は、私が抱えている一人息子への心配をしたようでした。ある時、勤務中に息子から電話が掛かってきて、「おかあさん!お耳が聞こえないの。」と言います。もしかしたら中耳炎かもしれないとすぐに思いました。上司にそのことを話し、近くの耳鼻科へ連れて行きたいので、少しの間、売り場を離れさせて欲しいと申し入れました。
しばらくして、その当時小学5年生だった息子が半ズボン姿で売り場へやってきました。上司に紹介し、病院に連れて行きました。結果はやはり中耳炎。上司は、「耳の中に水を入れないようにね。」と息子に優しく教えてくれました。その後、お店の移転に伴うセールの為に、毎日よる遅くまでみんなが残業せざるを得ない時に、私だけ毎日「早く帰ってやれ。」と言ってくれたのです。申し訳なくそしてありがたかったです。
私は、退職する時にお世話になったすべての方に挨拶とお礼をきちんとしてきました。もちろんその上司にも。でもその上司へのありがたさは、かえって後からにじむような感じで私の心の中に蘇ってくるのです。ありがたさとは、そういうものだと思います。
仮にお世話になった人を裏切るような形で辞めたとしても、きっとその人にとって忘れられない一人になる。そうしたことで、その人のその後に何らかの形で良い影響を及ぼすことが出来たら、それでいいと思うのです。
私が今お話しているその上司も、はじめは何を話しても何やら反応が薄く、私の働きぶりも見てくれているのか見てくれてないのか、伝わらなかったものです。昔はとても面倒見が良い人だったそうですが、やはりある裏切りから、人間がかわったように冷たく、心閉ざした人に変わったのだそうです。ですから、その息子の出来事が無かったら、私はまだその人をよく思っていなかったかもしれません。誰に対しても優しくする、それもできる場合とそうでない場合とがあります。また、優しければいいというものでもありません。ですが、接客の仕事で必要な、人に尽くし喜んで戴こうとする心、それは従業員を思いやる気持ちと少しもかわりが無いという気がします。旅館業は特に、みんなで接待する仕事ですから、気持ちがひとつにならなくてはいけません。経営者から従業員へその気持ちを表現し、十分に心へ伝える方法も上手くなくてはならないでしょう。思い入れだけでは何も伝わりはしないのですから。
10月初めに辞めていった彼。きっとこれから先も社長や私のことなど思いもしないでしょう。けれど何かの時に、ふと「あー、そうだったのか。」と気付いてくれたらいいなあと思ってやみません。
相手は、自分の心の鏡だとよく言いますから、彼には私の気持ちの半分も伝わらなかったのでしょう。これも経験、いい勉強になりました。人生は出会いの積み重ねです。これからもお客様の為に一生懸命でありたい。そしてそれは従業員に対しても同じです。(まだ本当に力不足もいいところですが)自分の子供に対しては、何も見返りを期待しないでいられます。そうした大きい心でいたいですね。いつしか紋屋は良かったと思ってくれる日が来る、そう願うばかりです。
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◆素顔の女将◆
風呂から出て部屋に戻ると、床には大工道具が散乱し家内が痛そうな顔をして親指をくわえている。どうしたのか聞くと、ファンデーションの容器から液体が出てこないので解体を試み、誤ってノコギリで指を切ったと言う。液体が入っていそうに見えるその容器を私が底から押し出してみると、液体は・・・・出てこない。結局、もともと空だった。(笑)(by aruji)*ついでに大女将*
母が食卓に出したかまぼこは、切り口にキティーちゃんの絵が出ていた。変わったかまぼこを買ってきたなと思ったら、余り目のよくない母は、てっきりゴマか何かが付いているかまぼこだと思って買って来たのだった。(by aruji)

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