旅の背景
先日、2組の御年配の男性がお一人でお越しになられました。お一人様は脳梗塞で倒れられて、そのリハビリも兼ねてのご旅行でした。右半身が不自由でいらして、左半身も自由ではないそうです。杖を突き言葉も十分ではなく、お一人でいらっしゃるご様子は、大変心細く見えました。
もうおひと方は、定年なさってから又大きな企業に再就職し、今も現役で働いていらして体も健康。お子様方も近くに住んでいらしてそれぞれに順調、何不自由ないように見えますが、奥さまが先立たれて心のどこかに埋めれないものがあると仰っていました。
このように言葉でさらっと書くと、実際の印象は伝わりづらいかもしれませんが、元気に遊びに来るご家族連れが多い夏休みなどに比べて、このオフにお越しになられる方々は、日常の疲れやストレス、悩みや苦しみをかかえ、転地によって気を養おうというお客様が多いように思います。脳梗塞になられたお客様は、「人とのふれあいを求めて旅にきた。」と私には仰られました。バスや電車に乗るのも、恐らく誰かの補助が必要に思えました。お食事もお部屋に伺ってみてはじめてそのご不便なご様子が、想像以上であることがわかりました。事前に分かっていたらもっと楽に食べられる器や、見た目の美しさより食べ易さに重点を置いたのですが、そこまで注文をつけること自体も、普通にお話が出来なければ言えないことだと感じました。
お話くださったことも、「日常親切な人もいるけれど、怒りを覚えるような人間もいっぱいいる。道で転んだりしても、助けてくれる人もいれば、「なにやってんだよ。」と嘲り笑って通りすぎる若者もいて、元気なら杖でたたいてやるところだけれど、今はそれも出来ないから「ごめんなさい」というのだ。」と。もっともっとお側にいて、ひとつひとつお世話をしたいと思いましたが、それは親切ではなく失礼になってしまう。とてもやりきれない思いになりました。
比べれば、同じ日にお越しになられたもう一人のお客様は、ずっと恵まれてはいます。でもご本人にしてみたら、比べるようなものではないのでしょう。埋められないものを何かで埋めようとする、何かで紛らわそうとする。けれど人間は一人ではさびしいものなのだ思いました。自然に触れ海からの風、揺れる木の枝、水しぶきなどが疲れた心や体に気を与え、いつもと違った環境のなかで、笑顔で迎えてもらうことが、恐らくまたいつもの日々に向かえる力をつけてくれるのでしょう。一人旅はオンシーズンの土曜日やお正月、ゴールデンウィークなどはうけられないため、やはり静かな季節を選んでいらっしゃるのですね。私たちがお手伝いできるのは、ほんの少しのことだけ。それが切ないと思います。
介護の仕事等をなさっている方は、日常から毎日人の助けとなり、人に尽くす喜びや、かかえていることの悲しみを分かち合ったり、慰めたり出来ると思います。しかし、毎日尽くすというのは、かなりきつい仕事だとも思います。疲れきって人に優しく出来なくなったり、気持ちが伝わらなかったり、誤解を生んだりもするでしょう。私には、やはり介護のお仕事は自分が磨り減ってダメかもしれません。
私たちは旅のお手伝い、短い間だからこそ手厚いおもてなしが出来るのかもしれません。深く関われなくても、ある程度の心のケアしか出来なくても、私たちには多分、出来得ることがまだまだいっぱいあるような気がします。多くの喜びや嬉しさを差し上げられる楽しさ、旅には日常には無い神秘的な力が働くのです。紋屋を選んでお越しくださるお客様。中には一度でとても仲良くなってしまうようなお客様もいらっしゃいます。それが接客業の楽しいところです。私は毎日様々な方と出会うことが出来、様々なテーマの旅のお手伝いが出来る。
少しでも喜んで下さったら、ちょっとでも嬉しい気持ちになっていただけたら、と毎日思います。それが段々とても大きい物になっていったら、今の不景気なんて怖くない旅館になれるかもしれませんね。
昔は豪華で何でもあるところが人気の出る時代でした。今は確かに施設も大切でしょうが、それだけではなく心に訴えかけるものがある旅館が望まれているような気がします。まだまだ努力不足ですが.....。
居心地が良い旅館。居心地が良くなるような、心が明るくなるような旅のお手伝いを出来得る宿でありたい。一人でも多くのお客様が心の扉をあけてくださると嬉しい。そう思うことにつながった二組の一人旅でした。・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
◆素顔の女将◆
家内が書いた書道の作品を初めて額装し、ロビーに飾った。なかなか素敵だ。しかしその裏には、足の踏み場もなくなったリビングルームや墨で黒く汚れたダイニングテーブルなど、自宅の犠牲(笑)があったのです。(by aruji)

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